本質に迫るー甲賀吉郎

社会や経済の事象を一歩掘り下げて考えるブログ

ChatGPTは「法人」と「個人」を飲み込む

ChatGPTはAIが人間の知性に迫る可能性を多くの人に実感させている。

 

法律や契約書注文書などの公的文書の整理要約や作成、会議記録や報告書や提案書企画書や指示メールなどの組織内文書の作成、論文や雑誌記事やニュース記事製作、作詞小説短歌俳句など言語の創作、コンピュータープログラム記述など、人間の仕事と信じられていたものが、あっと言う間にAIに置き換え可能な仕事の一つに転落してしまった。

 

これまではネットにある公開情報を学習した公開AIの段階だったが、非公開の組織内文書も学習した組織内専用AIが作成されつつあるようで、組織の殆どのホワイトカラー業務をAIが行えるようになるのは既に技術的には可能だろう。

 

 

いい加減こそが知性の素だった ー自然言語の力ー
ChatGPTの超ブレイクは、AI専門家も開発者すらも予測できていなかったのは、周知の事実である。「自然言語」を上手く扱うことに成功したが、その「自然言語」の力を過小評価していたと思われる。

 

ChatGPTは、コンピュータにとってはいい加減な構造の「自然言語」に対して、意味を論理的に理解することを初めから放棄したある意味で無責任なモデルで対応することで、逆に人間に近づくことに成功した。

 

ChatGPTは、「自然言語」を扱うAIの技術進歩の流れの中から生まれたもので、同様の技術を使っているものも多くあり、突如として進歩した技術ではない。現在のChatGPTの無料版と同等レベルのGPT-3が発表されたのは、2020年6月で3年前のことである。それまでよりも言語モデルの規模を百倍以上大きくしたことで、飛躍的に性能が向上したと言われており、一部のメディアやAI関係者こそその実力を認めていたが、一般社会や我々は直接知ることはなかった。

 

昨年2022年の11月に、GPT-3.5をチャット形式に特化させたChatGPTが公開された。たちまち多くの一般人がその実力を知り自分のアシスタントとして使おうと競い、AI専門家や開発企業の想像を超えた社会現象となった。「自然言語」のチャット形式に特化したことで、普通の人が勉強なしで使えるようになり、入出力の壁が一気にとり払われたことがバズった要因と後講釈された。

 

AI専門家は、AIが社会に浸透して使われる時の「使われ方」を充分に意識していなかったのではないだろうか。

 

 

「法人」の暗黙知を吸い上げるChatGPT
人類が発明して育ててきた「自然言語」が、ChatGPT革命の可能性を考えるキーである。


自然言語」で書かれた組織内の文書を追加学習した組織内専用AIが、各官庁や各会社などで普及するだろうが、そこで考えられている組織内文書は、稟議書、会議議事録、プロジェクト計画書、予算書、進捗フォロー、作業マニュアル等々である。これらは既に組織内に文書が存在しこれからも作られていくので、学習データの整備に手間がかからず、組織内専用AIはかなり早い時期に一般化するだろう。

 

ここでは、更に従来「暗黙知」と言われてきた企業内ノウハウの一部をAIが獲得する可能性を指摘しておきたい。

 

暗黙知の獲得は、これまで正式な文書にはならなかった対話で行ってきたホワイトカラーの段取りや根回しなどの社内活動、さらには現場ワーカーへのマニュアルに載っていない対応の指示などをAIに学習させることで実現できる。

 

既に、社内のメールやチャットツールで文書が残っているものもあり、さらに社内での対話や指示の音声録音を文字に起こして文書にすれば、企業内の活動のかなりの部分が「自然言語」で文書化される。これをAIに学習させれば、従来は体系化が難しくてマニュアルにすることが困難でどうしても経験が必要だった「暗黙知」のかなりの部分を、企業専用AIが獲得できる。

 

壁となるのは、社員の行動の録音に関する個人情報保護との関係の整理だろう。企業内においては、雇用契約の条件として詳細に記載するような未来がありそうだ。

 

ここまで書いてくると、組織は企業という「法人」の殆どがAI化できそうだということだ。AIでなく人間がどうしても必要なのは、意思決定し結果の責任をとる人間と、人間の顧客の発する総合情報を感じ取れる敏感な五感を持った営業マンなど文書化されない情報を獲得する人間や現場ワーカーなどの末端の人間だけで、現在多くの生身の人間を配している中間の管理事務層は人間である必要がなくなる。

 

このような新しい「法人」ではその企業「法人」の行動特色を現す企業カラーは人間でなく、企業専用AIに蓄えられ発展していくことになる。要するに、社長が一人いれば、あとは情報とりの営業やワーカーを臨時雇いさえすれば、AIが特色ある「法人」を維持して会社が回り続けることになるのである。

 

人間と「法人」組織の関係を根底から変えていく可能性を、ChatGPTは秘めているのだ。ChatGPTが「法人」を飲み込む。

 


「個人」の知的経験を記憶するChatGPT
さらに、踏み込んでみよう。「法人」がほとんどAIになってしまうことを述べたが、では「個人」はどうなるのか。

 

会社や組織に属する人間の数が大幅に減少し、各「個人」は自分で「法人」を作ってやりたいことをやり、あるいはA社で営業業務を1年やりB社で介護ワーカーを半年やったりするなど、「法人」の臨時ワーカーを渡り歩くようなスタイルになろう。

 

その時の「個人」は、当然ながらその個人専用のAIを持つのが自然の成り行きだ。こうなればChatGPTが「個人」の専用アシスタントとして常に「個人」の会話やchatの言語履歴を記録保存整理しておくことにいきつくだろう。小説の世界だったものが、急に実現可能なことになってしまった。

 

一つの壁となるのは、個人の行動の記録に関する個人の選択だが、OKにする人がNOにする人を生産性で凌駕するので、次第に広まることは確実だ。この個人用ChatGPTの言語モデルの個人専用部分のコピーをとれば、アバターを何人でも作ることが可能だ。

 

もう一つの壁は、各「法人」内で働いたときの言語活動履歴の持ち出しの問題だが、これは「法人」との雇用契約の時に何らかの制限をかけていくことになろう。


「法人」AI体制の中で「個人」の人間にゆだねられた意思決定のうちで、レベルの低いものは、この「個人」のアバターに任せることも可能になると思われる。

 

こうして能力の高い「個人」の出力が数倍レベルに飛躍的に向上するので、社会全体の生産性向上は維持され、ほとんど知的消費だけをする人が大量に生まれても社会全体は維持できるだろう。

 

こうして「法人」を飲み込んだChatGPTは「個人」も飲み込む。

 

 

***付録 言語モデルを超えて***
言語モデルにより、対話している人間からみると、まるで知性を持つように見えるChatGPTが持っていない情報は、言語では直接は表現できない人間の五感の情報である。触った感触、その時の匂い、吹いてきた風の温度、盛り上がる群衆のざわめきや熱量などなどである。


各種センサー(視覚聴覚触覚など)とアクチュエーター(手足)を持つロボットにAIが搭載されることで、言語以外の情報を理解し操作するAIの次の段階へ進むことができる。

 

AIの命令でりんごを掴む手を自分の視覚で認知するフィードバックを繰り返すと、AIは「自分」がいると認識する(と合理的なのでそうなる)。すなわち外からみて人が答えているように見えるだけのChatGPTと違って、AIが「自分の意識」を持つようになる。(注1)

 

ただし暫くは、ChatGPTのように実現コストが相対的に安い自然言語ベースのAIが社会を席巻するだろう。

 

現在は大量のデータを消費するためのコンピュータパワーがコストネックとなっているが、一つの解決策は三十年前の第二次AIブームの時に構想された論理知識ベースの救けを借りることだろう。人間の赤ん坊は、ChatGPTほどの大量の学習はせずに知性を獲得できているが、これはおそらく脳内に抽象的な意味モデルを構築しているためと考える。


ChatGPTが純粋な言語モデルだとすると、検索をかませたBingとかBARDとかのように、純粋な言語モデルプラスアルファのハイブリッド型の生成AIも出てきているが、論理知識モデルも併用したハイブリッドAIが出てくれば、コンピュータパワーのネックも減少する可能性がある。

 

それにしても自然言語のいい加減さが、AIが実用レベルの知性に近づく道だったとは人間や科学はとても面白い。

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(注1)甲賀吉郎、AIが意識を持つのは間違いない、はてなブログ「本質に迫る」

 AIが意識を持つのは間違いない - 本質に迫るー甲賀吉郎 (hatenablog.com) 

以 上

新型コロナウイルス感染症のSIQRモデルからわかることー小田垣教授の論文の読み方

新型コロナウイルス数理モデルによる分析では、日本の専門家として8割おじさんこと北大の西浦教授がおなじみであるが、その他にも他分野であるが九大の小田垣名誉教授によるPCR検査拡大による感染抑制効果の提言が注目を集めた。

ここでは、小田垣名誉教授の論文を読んだ結果をもとに数理モデルからわかるエッセンスをまとめてみた。

 

1 数理モデルの超概要と小田垣教授の改良
感染症数理モデルは1927年のシンプルなSIRモデルが基本となっている。Sは未感染者、Iは感染者、Rは治癒者+死者で、人口N=S+I+Rや感染率等を使ってこれらの関係を式であらわし分析を行うものである。このSIRモデルを元に例えば潜伏期Eを加えたSEIRモデル等が考案されてきた。最近は人の移動などをビッグデータと連携してより実際に近い形で分析が行われているようである。

 

新型コロナウイルスは、これまでの感染症にはなかった特徴がある。それは、ほぼ無症状で活動する市中感染者が多く、彼らが強い感染力で感染を広げていることである。そこで、小田垣名誉教授は、SIRモデルに対して、検査で陽性となり隔離された感染者QをSIRモデルに追加し、Iを市中を自由に動き回り感染を広げる市中感染者として分離した。

 

このS、I、Q、Rについて、それぞれ微分方程式が出てくるが、必ずしも理解は必要ないのでここでは書かない。高校数学の知識があれば、当たり前のことが書いてあるだけと容易に理解できる。例えば、市中感染者数の増加は、感染したがまだ検査を受けてない人から、検査が陽性で隔離された人を除き、さらに市中感染のまま治った人を除いた数になる、とかである。


2 市中感染者 I を求める
感染初期で、人口Nに対して感染者や治癒者死者等が十分小さくて未感染者S=人口Nと近似できる場合、Iについての微分方程式は解くことができて、市中感染者Iは、t=0でI(0)とすると、I(t)は次のような簡単な式となる。tは時間で、感染症の場合は日数である。

       I(t) = I(0)exp(λt)         (1)

ただし      λ = βN - q - γ     (2)

 

ここでβNは、感染率である。βとNの掛け算で係数になっているので、βNを一つの記号と考えるとわかりやすい。βNは、人と人との接触を減らすと減る。あの西浦教授の接触率を80%減らす話は、基本はβNを80%減らす話と考えられる。

qは、市中感染者からPCR検査等の検査で陽性が判明し、隔離される人の率である。

γは、市中感染者が人知れず自然治癒して人にうつさなくなる率である。      
      

exp(λt)は、eという約2.71の定数の(λt)乗である。対数指数の詳細は高校数学の範囲であるが詳細の理解は不要である。ただ、次の性質を理解しておけばよい。テレビでよく「指数関数になるので」とキャスターがあっさり説明しているところである。iphoneの電卓を横にすると関数電卓になるが、exp(3)は3を押してeのx乗を押せば20.09と出るので雰囲気はこれでつかめる。

 

さて、重要なのは(1)式で表せられるI(t)の下記の性質である。
Iは市中感染者数で縦軸に、tは日数で横軸にとる。
λ>0の時、市中感染者数は日数がたつとどんどん大きくなる。
λ=0の時、市中感染者数は増えない。
λ<0になると、市中感染者は減少する。

I(0)=1として、(1)式のI(t) = I(0)exp(λt)のグラフを書いてみると次のようになる。λは0.3と0と-0.3で書いた。

 

f:id:kichiro-talk:20200527175011j:plain

I(t)=exp(λt)

尚、このλについての感染者数との関係の概要は次のとおりである。
(1)感染拡大局面(λ>0)
λ=0.1 のレベルは、累積感染者が5~6日で2~3倍になる。日本の増加局面に相当する。
λ=0.3 になると、累積感染者が2日で2倍弱となる。日本の専門家会議の言うオーバーシュートである。欧米はこの水準だったと思われる。
λ= 0.5 になると、累積感染者が2日で3倍、5日で10倍のレベルの爆発である。

(2)感染横ばい局面
これはλ=0である。例えば、現在のアメリカ全体の水準である。

(3)感染減少局面(λ<0)
λ=-0.075 のレベルでは、新規感染者が1/10になるまで、30日かかる.日本の緊急事態宣言局面に相当する。
λ=-0.1 では、新規感染者が1/10になるまで、23日かかる
λ=-0.2 では、新規感染者が1/10になるまで、12日かかる
λ=-0.3 では、新規感染者が1/10になるまで、8日かかる

 

 

3 数理モデルからわかる感染対策
小田垣教授は、感染減少局面での対策について、接触減よりも陽性者発見隔離の方が効果が大きいことを指摘して注目されたが、他にも重要な知識が得られるので、指摘したい。

3-1 日本はオーバーシュートしない可能性があるが……
小田垣教授は、日本の新規感染者のカーブから、感染初期で接触減対策や陽性者隔離が少なかった時期の(1)式のλをλ=0.096と同定している。これ以降は対策をとってλを減らしていっている。ということは対策を何らとらずに放置しても累積感染者数は5-6日で2~3倍になるだけなので、専門家会議の定義のオーバーシュート(累積感染者が2~3日で2倍になる)はしないということになる。

(2)式から、λ=βN-q-γであるが、治癒率は30日に治癒ととしてγ=0.03、初期なので隔離率q=0、として、小田垣論文では、感染率βN=0.126としている。欧米でオーバーシュートしたということはλ=0.3のレベルであるので、γ=0.03,q=oは同じとして、感染率βN=0.33であると推定される。

 

これは、普通に(多少気を付けて)生活しているとき、新型コロナの感染率は、欧米は日本の2.6倍であることを示唆する。

日本と欧米の生活習慣の差が、基本的な感染率の大きな差になって表れた可能性がある。第二波(第三波)の時にも、海外からの新規感染者の流入が少なければ、普通に(多少気を付けて)生活しているときの感染率βNは、0.126の低いレベルで収まるだろう。

日本の緊急事態宣言は、オーバーシュート回避ではなく、まさに医療体制の維持を目的に行われたことになる。第二波、第三波をのりきるためには、医療体制の整備を行うと共に、海外からの新規感染者侵入防止(例えばPCR検査義務付け)が必要となる。

 

3-2  感染拡大局面での有効な対策
感染拡大局面では、λ<0.1でできれば0に近いところに抑えたい。(2)式から治癒率γ=0.03なので、
          λ=βN - q -0.03
となるが、βNが0.126のレベルなので、隔離率q=0.096ならばλ=0にできる。実際、4月には横ばいとなった。

これは、東京都で新規陽性判明者150人、陽性率30%の時期なので、500人のPCR検査を行い、市中感染者が1560人いて、そのうち9.6%の150人の陽性者を発見して隔離したということである。


新型コロナウイルスでは、無症状感染者が35%、軽症者が45%、重症者が20%とすると、症状が重いものを中心に濃厚接触者をPCR検査する手法では、感染者が少ないうちは、クラスター周辺を追うだけでも、ある程度の隔離率(例えばγ=0.3とか)を維持できるので、γ<0にできるが、感染者が増加してくると、無症状感染者や軽症者のかなりの部分を放置せざるを得ないので、q=0.096に留まったと考えられる。


日本では、βN=0.126のレベルなので、隔離率qを0.15くらいにあげられれば、もっと早く第一波が収まったと考えられる。日本の場合にも、PCR検査を5倍くらいにできていれば、行動制限はあまりせずに小さい山で終わった可能性がある。

 

韓国では、無症状の市中感染者が広まらない早い段階(感染者の第二世代とか)で大量のPCR検査をかけて、高い隔離率を実現して火消ししたと思われる。韓国と台湾は、無症状感染者が広まっていない段階で火消したと考えられる。

 

欧米では、βN=0.3のレベルなので、隔離率qも0.3レベル以上でないと減らない。感染者が数百人になり市中感染者が万に近いレベルになると無症状感染者も数千人いるので多少のPCR検査の量では、隔離率qを市中感染者の3割(症状ありの人の5割)とするのは不可能である。従って、ロックダウンを行いβNを1/3とか1/4にする必然があった。      

 

3-3    感染減少局面での有効な対策
小田垣教授の論文の要点であるが、数理モデルの式から当然のこととわかる。
(2)式から、治癒率γが0.03としたので、
          λ = βN - q - 0.03
で、λを-0.1にもっていければ、23日で新規感染者数が1/10に減る。


対策としては、感染率βNを接触減などで減らし、陽性者を見つけて隔離率qを増加させればよいが、どちらがλのマイナスの数値を増加させるのに有効かを考える。感染率βNは日本の場合0.126程度なので、頑張って接触率を8割減らして感染率βNを0.0252にしても肝心のλは0.1しか減らない。

一方、隔離率qは、陽性者を4倍見つけて隔離することができれば、q=0.096がq=0.384で、λを0.288も減らすことができる。

接触率削減によるλ削減の最大値は、接触率を0にしても、0.126であるが、隔離率向上によるλ削減の最大値は、隔離率1なので1であり、明らかに、接触率削減よりも隔離率向上によるλ削減効果のほうが大きい。


小田垣教授の論文は、感染症数理モデルによる式(2)の構造で規定されるこの事実を具体的に指摘したものである。

 

さて、小田垣教授の論文の補遺にも書いてあるように、PCR検査を増やせばγが減るのではない。陽性者を確実に検査でヒットして実際に隔離数を増加させる必要がある。そのためには、これまで実施されたクラスターでの濃厚接触者の検査をもれなく拡大するほかに、発症時から前にさかのぼって接触者の検査を実施する必要がある。このレベルが日本の感染率βNのレベルではPCR検査が一日10万件と言われているレベルと思われる。

 

尚、小田垣教授の論文から、新規感染者のカーブからλを同定したときのカーブをイメージアップのために、下記に参考掲載させていただく。

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小田垣教授の論文(1)より参考掲載

 


4 数理モデルからわかるその他のこと
4-1   実効再生産数
数理モデル上の基本再生産数Roは、Ro = βN / γで定義される。

小田垣教授のSIQRモデルでは、隔離率qを導入したので、実効再生産数にあたるRt(t) = βN / (q + γ)となるが、プリ版では記載あったが、正式版では別途有効再生産数Reを定義して考察している。

いずれにしても、数理モデル上のRoやRtは、感染者数が増加するか減少するかの境目の値(閾値)だけの意味である。λ=βN - q- γがすべてで、Rt=1の時にλ=0となり、λの正負の境目となるというだけの意味である。

現在、算出されている実行再生産数は、感染対策等をした上で、実際に一人が何人に感染させているかを、感染者の実績のカーブから求めているものが多いと思われ、その意味で感染者のカーブから特徴を無次元化して表現したものである。ブロックチェーンでも使われるハッシュ値のようなものと考えられる。

 

感染状況の不均一性などを入れていれば、その精度はあがる。いずれにしても過去の対策をうった結果の総合評価値といってもよい。

 

4-2    感染者実数
小田垣教授の論文では、日ごと新規感染者数(検査陽性判明者数)をΔQ(t)とすると隔離率qの定義から、市中感染数Iは、下記で表される。
       I(t) = ΔQ(t) / q

 

日本の場合、上昇局面で隔離率が0.06と同定されたので日ごと新規感染者の16倍の市中感染者数がいたことになる。対策がきいてきた局面では隔離率qが0.1と同定されたので、日ごと新規感染者数の10倍の市中感染者が存在したことになる。

 

累計感染者実数の推定はまた別の計算になるが、レベルとして東京なら感染者累計が5千人なので感染者実数の累計も数万レベルかと思われる。東京の人口1400万の0.1%とか0.2%である。最近の抗体検査の結果では、一頃5%とか言われていたものかずっと少なくて0.5%くらいの可能性がある模様だが、小田垣教授の論文で同定されたq値からも、抗体獲得者はまだ少ないだろうと予測される。日本の新型コロナウイルスの感染はまだ広まっておらず、集団免疫的にはまだまだである。

 


5 SIQRモデルでおかれている仮定について
小田垣教授の論文では種々の仮定をおいているので、見通しがいい反面、注意を要することを列記した。

 

5-1  感染者が人口に対して小さいという仮定をおいてる
ニューヨークのように、感染者累計が20%を超えるような全人口に対して無視できないほど大きくなった流行後は別の計算が必要である。

 

5-2  感染カーブの同定の精度
日本の感染者カーブは、2月頃の武漢株をクラスター対策でで抑え、3月からの欧州株が流行して山を形成していると言われているが、小田垣教授の同定では武漢株をクラスター対策で抑えたところは無視している。同様に、国の外(例えば欧州)から感染者が流入することがモデルに入っていない。これらは微妙であるλの同定の精度に影響を及ぼしていると思われる。

 

5-3   治癒率γ
治癒率は、感染可能期間で当初は治癒するまで30日間感染可能と考えられていたが、最近の知見では、発症前の5日から発症後の7日くらいの計2週間しか感染しないと言われており、γは0.03でなく0.07の可能性がある。

 

5-4  感染者の偏在を考慮していない
感染者が市中から均一に見つかるという仮定が入っているが、実際にはクラスターでわかるようにかなり偏在しているので、この影響は大きいかもしれない。西浦教授らの専門家の分析にはきっと考慮されているものと思う。

 

 <参考資料>

1) 小田垣孝 新型コロナウイルスの蔓延に関する一考察 2020/5/15 物性研究・電子版(2020年5月号)
参考 小田垣孝 新型コロナウイルスの蔓延に関する一考察 2020/5/5 (プリ版)
2) 小田垣孝 同上 補足 2020/5/8
3) 小田垣孝 同上 補足 PCR検査の精度について  2020/5/8
4) 小田垣孝 何故隔離者を分けたモデルを考えるか 2020/5/9
1)-4) http://www001.upp.so-net.ne.jp/rise/odagaki.php
5)佐野雅己 隔離と市中感染者を分けるSIRモデル 2020/4/29
6) 牧野淳一郎、科学 90 巻5 号(岩波書店 2020年5月)掲載予定
https://www.iwanami.co.jp/kagaku/Kagaku_202005_Makino_preprint.pdf
7) 門信一郎 この感染は拡大か収束か:再生産数Rの物理的意味と決定 
  https://rad-it21.com/サイエンス/kado-shinichiro_20200327/
8) 西浦博 稲葉寿 感染症流行の予測:感染症数理モデルにおける定量的課題 統計数理2006
9) 西浦博 感染症数理モデルから明らかになってきた最近の感染症の話題 ラジオNIKKEI 感染症TODAY 2018/6/27
http://medical.radionikkei.jp/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-180627.pdf
10)野村明弘 8割おじさん・西浦教授が語る「コロナ新事実」東洋経済オンライン2020年5月26日
11) Wikipedia SIRモデル 2020/5/10
12) Wikipedia 基本再生産数 2020/5/26

新型コロナの実感染者数と実致死率のレベル

新型コロナ感染症は、欧米の第一波の感染爆発が峠を越す段階に入った。また抗体検査などのデータも少しずつ出てきたので、そろそろ感染の段階の把握を行う時期にきている。
 
これまでの感染症と新型コロナの違いについて最も大事なことは、無症状ながら感染力を持つ感染者がかなり多そうだということだろう。
 
従って、今使われている「感染者」と「致死率」という言葉は、十分気を付けないと混乱した議論を呼ぶ危険がある。
 
そこでここでは、無症状感染者を含めた感染者を「実感染者」とし、「実感染者」を分母とした致死率を「実致死率」と呼んで区別することとする。

「実感染者」の数を、わずかに出てきた抗体検査のデータ(ドイツ、ニューヨーク市、東京)から推定し、感染爆発した欧米の米伊仏英西とニューヨーク市および感染爆発を抑えている独日韓と東京都の「実感染者」と「実致死率」のレベルを推定してみた。またクルーズ船ダイアモンドプリンセスのデータも参考とした。
その結果を下記にまとめてみた。尚、補遺を末尾に記している。

1-1 感染爆発した米伊仏英西とニューヨーク市での、「実感染者率(対人口比)」は10~20%程度で、まだ集団免疫の60~70%にはほど遠く、ワクチンや薬の整備との兼ね合いはあるが、第二波、第三波は避けえない。
 
1-2 感染爆発した米伊仏英西とニューヨーク市での、致死率は6~20%で大変高いが、「実致死率」は0.1~0.8%で、筆者予想の1% (4/12記事)よりは低いが、インフルエンザの致死率0.1%よりは高いと予想される。
 
2-1 感染爆発を抑えている独日韓と東京都での、「実感染者率(対人口比)」は、3~6%程度で、当然ながら感染爆発した国の1/3までしかいっておらず抗体を持ってない人がほとんどである。従って、第二波をどう上手く抑えるかが大きな課題となる。検査率(対人口比)が、感染爆発国では1~5%と多く、独は3%で爆発国並みだが、韓国は1.2%で少なく目である。韓国は第二波発生時を見据えた対策中のようである。日本や東京は、検査率が0.14%で論外に低く、次の波までにかなりの体制整備を行わないと今度は感染爆発を抑えられない可能性がある。
 
2-2   感染爆発を抑えている独日韓と東京都での、致死率は2~4%であるが、「実致死率」はドイツが0.12%で、日韓と東京都は、0.01%台である。ドイツは上手にインフルエンザ並みに抑えている。日韓が更に一桁低いのは、欧米とアジアの差と思いたいところではあるが、まだわからない。
 
3  クルーズ船ダイアモンドプリンセスは、この文脈で貴重なデータであるが、実感染者率は19.2%で、実致死率は1.8%である。悪い環境と完璧でない対策の中での一ケ月での実感染者率と実致死率の実績データと考えらえる。実感染者率は、欧米の感染爆発国と同程度であり、本論での推定レベルを実証するものである。実致死率は、感染爆発国と日独韓の中間であり、欧米人とアジア人の差が影響している可能性もあるが、武漢からのウイルスの為かもしれない。
 
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<補遺>
数値自身は、省略している。ここでは粗いレベル推定が目的なので。
 
本来の意味の感染者とは、感染症にかかり他の人にもうつす人である。
そこで感染者を下記のように分解してみる。
感染者 = 無症状感染者 + 症状有り感染者
感染者 = 未検査感染者 + 検査陽性者
 
これまでの感染症では、無症状感染者≒ゼロ、未検査感染者≒ゼロなので、
感染者 ≒ 症状有り感染者
感染者 ≒ 検査陽性者
致死率 = 死亡者/感染者 = 死亡者/検査陽性者
として使われてきた。インフルエンザでも平熱の保菌者で未検査の人がゼロではないが、感染力もほとんどないので実際には問題になってこなかったということである。新型コロナでもこの使い方が踏襲されており、新型コロナの感染者数=検査陽性者数として理解されているし、致死率も検査陽性者数を分母として議論されている。
 
ところが、新型コロナでは無症状感染者を無視できないようなので、これでは混乱を招く。今、抗体検査が部分的に行われて、PCR検査陽性者よりも10倍以上多い結果が出つつある。もしIGG抗体がこれまでの感染症と同様に、少なくとも一年程度は有効であるとすると、最悪の新型コロナ流行の収束である集団免疫の議論では、無症状感染者や未検査感染者を考慮しないと議論にならない。
 
そこでここでは、無症状感染者を含めた感染者を「実感染者」とし、「実感染者」を分母とした致死率を「実致死率」と呼んで区別する。
 
「実感染者」は、東京とニューヨーク市とドイツの抗体検査の結果から推定して、その他の国のデータは、「実感染者」と検査陽性者との倍率を、検査率(人口比)と検査陽性率(人口比)をそれぞれパラメータとして、内挿して求めてみた。大変粗っぽい推定ではあるが、抗体検査や全数PCR検査などのデータがほとんどない現状では、全体を見るための一つの参考になると割り切った。細かい数値は掲示しないが、データの出典はおよそ次のとおり。
 
対象とした国や市は、感染爆発した欧米の米伊仏英西とニューヨーク市、感染爆発は抑えられていると思われる独日韓と東京都とした。またクルーズ船ダイアモンドプリンセスのデータも参考とした。
 
人口は2019年データ。
 
PCR検査陽性者数、死者数は、2020年5月3日に入手できたデータとした。多少古いものが混ざるが全体に影響は軽微と思われる。
 
陽性率、(PCR)検査数は、出典によって差があるので、4月28日のOECDデータ、5月4日のWIKIのcovid-19_testingのデータの両方を用いた。尚、東京の検査件数は民間をいれて2万と推定した。ニューヨーク市の検査件数は州のデータから40万と推定した。
 
抗体検査での感染率は、ニューヨーク市は4月23日記事から20%、ドイツは4月15日記事の感染者が多いガンゲルトでの結果14%から、ドイツ国全体では半分の7%とした。東京は、病院の非コロナ患者の検査結果(慶應病院6%、千駄ヶ谷クリニック8%、ナビタスクリニック5.9%)から、6%とした。病院来訪者というフィルターは無視した。
 
以上
 
 
 
 

死亡者数と増加速度で議論ー新型コロナー火葬場崩壊もある

新型コロナとの戦い方の議論で、死亡者の数を明示して意見を噛み合わせる時期に入ったので、頭に入れておくべき数字を大雑把に纏めてみた。”感染対策が緩いままだと大変なことになる”とか”経済死者の数もバカにならない”というレベルを超えた議論が必要である。

 

<日本の死者に関する数字>

年間死亡者数          137万人/年 (人口1億26百万人の約1%)

 

年間自殺者             2万人/年から3万人/年
 内、経済等の問題による自殺者   4千人/年から8千人/年

 

肺炎による死亡者         13万人/年  (含む誤嚥性肺炎)

インフルエンザによる死亡者     1万人/年  (推計値)

 

新型コロナでの死亡者合計     78万人   (人口の60%が感染して集団免疫で感染収束、致死率1%。治療薬ワクチンなし)
新型コロナでの死亡者初年度    26万人/年  (3年で集団免疫として2千5百万人/年が感染する。致死率1%)


<死亡速度>
ニューヨーク           780人/日  (4月10日、処理破綻)
東京の火葬実施数         300人/日  (多摩地区が155人/日から推定、東京の死亡者は12万人/年とも合致) 

 

以上が基礎数値の参考リマインドです。以下少しだけ考察。


経済死者を自殺者とすると、リーマンショック時に1000人/年増加だった。不況時期と好況時期との差は4000人/年である。一方、新型コロナの死亡者数の26万人/年は、感染者2千5百万人/年、致死率1%の数値である。インフルエンザ感染者1千万人/年なので十分有りうる数字で、もしアビガン等がきいて致死率が下がっても新型コロナの死亡者数は数万人/年以上になることは明らかで、経済死者よりは1桁2桁大きい。ただし、長期のパンデミック継続により世界経済が破綻して戻れない場合の餓死や病死(衛生悪化、医療崩壊)する数は、まだ不明である。


新型コロナによる日本の年間死者数の26万人/年は、年間の死亡者の2割増にあたり多くないという見方もできるが、社会は日々の増加速度が高くなると維持が困難になる。感染判明者がベッド数を越える増加を起こすと野戦状態が始まるのが例だが、死亡者出現速度が高くなると火葬場崩壊を起こして、これは戦場状態になる。心理的にも市民生活は破壊される。東京の火葬実施数は近年逼迫状況で

300人/日であるが、人口規模が同じニューヨークでは780人/日となり処理破綻しているようで、東京でも新型コロナの死者が100人/日を越えてくると火葬場崩壊になることが危惧される。

(東京の火葬場(除く島しょ部)は、23区で9か所、多摩地域で9か所の計18か所である。多摩地域の火葬炉は65基で平均7基となる。新型コロナ死者が急増した時に、例えばある火葬場で7基のうち5基はその他通常の死者にあて、2基を新型コロナ死者専用として回転数2倍とする特別運用が考えられる。これにより全体に平均3割程度の処理数増加が見込める。これ以上はおそらく人員的にも処理破綻するのではないか。この3割の増加が100人/日の増加である。データと実情把握が不足の中の、雑駁な推定をお詫びしておく。)

AIが意識を持つのは間違いない

今や一般用語となったAIについては様々な議論があるが、今回はAIは意識を持つようになるのかについて考えてみたい。明確な結論は出ていないが、次のような定義と考察の結果、AIは人間と同等レベルの意識を持つようになるとみて間違いない。

 

まず意識とは、考えている自分を認識することと定義する。我思うゆえに我ありである。人間と同等レベルの高度の意識とは、過去の自分の知覚や思考を記憶して整理できるレベルと定義する。低レベルの意識とは、その時々の自分を認識しているが、過去との比較や整理ができないレベルとする。また、AIとはAIロボットを想定する。即ち、人間の身体にあたる機構をもつ汎用AIとする。

 

この定義のもとに、まず人間の意識がどのように生まれるかを考察してみる。
人間の脳と身体の構造を模式的に単純化すると下記の図のようになる。

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 生まれたばかりの赤子は、反射的な反応が主体であるが、2歳頃までに自分の手足を自分で動かして行動したり、周囲との簡単なコミュニケーションができるようになる。犬猫と同レベルである。その時々には自分を認識しているので、低レベルの意識があるが、2歳時の記憶がある人はまずいないので、高度な意識は存在していない。3歳から4歳頃から記憶があることが多いので、その頃に高度の意識が確立する。生まれたばかりの赤子も上図のような脳と身体の機構はもっているが、3年ほどの行動経験と周囲の人間からの学習によって初めて高度の意識を持てると言える。ここまでの考察で、意識は身体とは別に魂として存在して赤子に宿るという古くからの考えは、残念ながら否定される。

 

自分というものがあるという意識は、先の人間の構造図の機構から必然的に生まれる。観察者(大脳の機能)が大脳(ちょっと前に考えたこと)と身体の動き(大脳が指示したもの)を観察するという機構になっているので、大脳にとっては観察者=他者でない者(すなわち自分)と認識せざるを得ず、自分という概念即ち意識が生まれる。従って、自分の脳や身体の動きを観察できるレベルの大脳があれば、自分という意識はある。2歳の子にも犬猫にも、このレベルの意識がある、と考えるのが自然である。

 

成長と共に大脳の回路が進化し、過去の出来事を整理し現在の事を含めて物や概念の関係を認識できるようになると、記憶が発生して時間的に連続した自分という高度の意識がはじめて確立する。3歳くらいから確立する。ただし、高齢で認知症を発症する頃に再び高度な意識は失われてしまう。すなわち、脳の回路の劣化によって、高度な意識が失われる。即ち、意識は脳の回路によって生まれている。

 

 次にAIであるが、ここではAIロボットと定義したので、この構造を模式化すると下記の図のようになる。見てわかるように、人間の構造図と全く同じである。視覚センサーなどのセンサーと、ロボットアームなどのアクチュエーターがあって、センサーからの情報はAIに送られ、AIがロボットアームなどに指示を出す。AIの指示で動いたロボットアームなどの動作を、視覚センサーが知覚してAIに情報を送る。即ちAIは、自らの指示で動いた自らのロボットアームを観察する。このようなことを繰り返すうち、AIは観察者=他者でない者(すなわち自分)と認識するようになる。こうして低レベルの意識は、人間の赤子と同様に必然的にAIロボットに生まれる。尚、一部を末端のセンサーレベルでエッジ処理し自律動作させることは、人間の無意識の反応と等価である。

 

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 今後のAIの進化により、時間軸上の出来事の整理や抽象概念や論理の把握(これらはあらかじめ整理したものをAI上にコピーしておいて、実際にAIロボットが見聞きする情報とのリンクをとってやるタイプの学習により、人間の赤子よりかなり早くできる可能性が高い)ができれば、AIは容易に高度の意識を持つことになる。


現状のAIのレベルでもAIが指示し観察できる実体(ロボット)と一体であれば、2歳児なみの低レベルの意識を持つようになることは、自明である。人間と同等レベルの高度の意識を持つかどうかは、抽象概念の把握ができるAIの進化が必要であるが、その可能性は高い。

 

以上から、AIが意識を持つのはもはや間違いない。

 

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<付録>
実体のないコンピュータ単体(人間で言えば脳単体)で意識を持てるかどうかはこの考察では分からないが、仮想のロボットと一体にすればリアルではないが仮想の意識を持てる。これは映画マトリックスの世界になるが、それに意味があるかどうかは、別の議論である。
もしAIが汎用AIでなく、センサーの用途が限られる専用AIの場合は、それなりの意識を持つことになる。人間と比較してどこまでを意識と呼ぶのかが別の議論となる。人間もすべての情報を知覚しているわけでないので、意識とはあるかないかでなくそのレベルが連続的なものだからである。

 

 

東芝の米国原子力PJTにみる失敗の本質ー三菱重工客船PJTとの類似

東芝が米国の原子力事業での1兆円規模の巨額損失で、会社の実質解体状態になってから暫くたった。様々な論評が既に出ているが、経営判断や企業体質等の指摘が多く有益であるが、ここではメーカーにおけるものづくり事業の失敗という視点から考えてみたい。そもそも米国での4基の原発が予定通り稼働できていれば問題は無かったのであるから。

 

原子力プラント建設のような大型設計建設PJTでは、一品受注産業では避けえない設計変更や建造トラブルを、ボヤにあたる段階で消火し工事を継続する力が必要である。
最も大事なことは、PJT受注前に仕事の内容と自分の体力をおおよそ把握して、現状でまたは対策をうてば実施可能かどうかを見極めることである。これを誤ると、ボヤが限界を超え山火事となってしまい、人や機材の追加投入でも消化困難となり、大きな損失を出す。場合によっては、受注金額の数倍に及ぶ巨額の損失となることがある。

 

東芝の米国原子力事業の主体であるWHでは、米国内の原子炉製造技能レベルの低下と工事管理者キーマンの不足を、受注時に軽くみたのが致命傷と思われる。もしかしたら、設計変更がゼロという前提で計画していたのではないかと疑いたくもなる。また、米国PJTだけでも危険なレベルと思われるが、まして中国PJTとの並行建造では、特にPJT管理者キーマンの不足が深刻で、もともと実施無理なのではなかったか。

 

東芝の問題は現在進行形で、公開資料が無いので、報道や論評からの推測になるが、長工期/多人数の一品受注PJTでの最近の失敗例として、三菱重工の客船PJTがある。この客船PJTの失敗については、幸い三菱重工が公開資料(”客船事業評価委員会報告”2016年10月18日)を出しているので、東芝の事例との比較をして、東芝WHの失敗の検討の補完としたい。実際、よく似たところが多い。

 

  共通項 東芝/WHの米国原子力PJT 三菱重工の客船PJT
 情報の出典   日本での諸報道の情報から筆者推測 ”客船事業評価委員会報告” 2016年10月18日/三菱重工 の情報から(除くPJT現状)
受注金額   2兆円/4基 1000億円/2隻
推定コスト   3兆円以上 3500億円
コスト/受注金額 数倍 1.5倍以上 3.5倍
予定工期(初号機)   5年 2年 (ドック着工から)
実際工期   8年以上 3年
実際工期/予定工期 1.5倍以上 1.6倍以上 1.5倍
設計技術力 有り PWRの開発元 日本唯一の大型客船ヤード
設計建造実績 暫く無かった 30年間なし 12年前に同規模の大型客船建造実績あり
今回のPJT 新型 新型炉(AP1000) プロトタイプ(世界での一番船)
事業主体   WH 担当事業部門(船舶部門)
受注時の致命的ミス 有り 受注時の建造体制評価不足。新工法導入等したが、30年間実績なしの人材不足を過小評価。 受注時のコンセプト設計・客先調整のプロセスの過小評価、12年前の準一番船の実績によりかかりプロトタイプ船の検証不足。
全社的挽回策 上手くいかず 東芝本体からの助力はほとんでできないまま、現在に至る。(東芝本体に原子力技術者多数なるも、BWRで日本国内建造のみ。WHのPWRかつ海外建造では提言できずか) 着工から比較的早い段階で、他部門のプロジェクト管理者主導に変えたが、損失は止まらず。
PJTの現状(2017年5月9日)   東芝本体の会計の防衛で手一杯。PJTの工事予定は不明。 (WHについ米連邦破産法11条を申請し(3月末)、民事再生を目指している。電力会社は工事完成を望んでいる。) PJT完工。損失打ち止め。 (1番船は、1年前に完工し欧州でクルーズ就航中。2番船は、先日完工し、欧州へ出航した。)

 

表に記したように、コストが数倍になり、後期が5割増しになってしまった。主たる原因は受注時の、東芝/WHは自分の生産施工能力把握ミス、三菱は仕事の内容把握ミスである。いずれも、実績十分の会社であるが、前の建造実績から10年以上の月日が経過している。尚、東芝GはWHへ手を差し伸べられなかったし、三菱は全社的にPJT管理者を投入したが、挽回成果があがらなかった。


東芝/WHも三菱重工も陥りやすい落とし穴にはまった感じであるが、大型PJTを生業とするメーカーは日頃から次のような準備をしておく必要があろう。1-3は、ゴルフに例えたつもりである。

1 自分の体力と技量を常に知っておく
自らの設計対応力、製造/建設管理力、製造建設技術者技量を、常に把握しておくこと。

特に変更やトラブル時の総合力(知力/体力/経験)という観点で。

 

2 次のコースの難易度やハザードの特性を把握する
受注前の計画初期に既知のリスクは全部検証して洗い出し、できる対策は打っておく。トレーニングして体幹を鍛える、ワクチンのあるものはうつとかである。


3 風、雷などの未知のリスクに対応できる全体俯瞰力を日常鍛える
予想できない客先要求や突然の規則変更などに慌てずに対応できる力がいるが、普段から自分の事業の肝(経営観点での特徴、CQDに関するクリティカルポイント)を他の事業との比較形で営業や事務部門含め事業関係者が把握しておき、問題のポイント発見を誤らない全体俯瞰力を養う必要がある。技術だけ、客先対応だけ、PJT管理だけの集合体では、未知のトラブル発生時に気づかない、対応できないあるいは対応に失敗し、混乱を拡大する。

 

大型PJTを生業とするメーカーの事業関係者は、普段の不断の心構え(自分と仕事を知る、常に全体俯瞰の視点を忘れない)が肝要である。事業関係者全員が自分の事業の肝及び自社の他分野の事業の肝も知っていることが総合力の根幹である。

高齢ドライバーは本当に危険なのか?

最近、テレビ各局で高齢ドライバーの交通事故に関する報道が連日取り上げられているが、情緒的で世論誘導的な画一性が感じられたので、ちょっと数字を検証してみた。尚、適正な免許返上の促進には賛成の立場であるが、総論としての妥当性を論じるものである。


1-2週間くらい前からの報道の元になったのは、都内の交通事故件数の推移に関するデータであった。
交通事故総件数が、ここ10年で半分になっているにもかかわらず、65歳以上の高齢ドライバーが関与した割合は実に2倍になっている。このデータをもとに、事故を起こしやすい高齢ドライバーへの対策が早急な課題だと結論づけている。

 

これらの報道の数値データは、下記となるが、警視庁交通総務課の統計データと思われる。
               総件数    高齢ドライバー 
           事故関与割合 
2005年 80,633件 10.5%    
2014年 37,184件 20.4%       


本当に高齢ドライバーが運転の荒い若手に比べて事故を起こしやすいのだろうか? 可能な範囲で大胆に検証してみたい。
東京都を走行している自動車のドライバーの年齢別割合が欲しいところが、それは無理なので、警察庁交通局運転免許課の統計から、原付以上の運転免許統計を拾うこととする。以下高齢者は、65歳以上と定義。

全国では、
              免許総数  内高齢者数 高齢者割合
2005年 78,798,821     9,765,000   12.4%
2014年 82,076,223 16,389,000   20.0%
高齢ドライバーの割合が、ここ10年で倍近く増加していることがわかる。

東京都の統計は、最近のものしかないので、
2014年  7,717,150      1,099,203    14.2% 
である。東京は全国平均より免許証保有者は若いことがわかる。

都市部では、若手のペーパードライバー化が相当進行しており、実ドライバーでは高齢者が多いことと、東京では他府県籍の運転免許証ドライバーも多いことを考慮して、
2014年の東京都走行ドライバーの高齢者率を、全国と東京の免許保有率の2/3だけ全国よりとすると、18.0%になる。2005年は、全国の免許保有率データの比率と同じとしえ、18% * 12.4/20 = 11.1% となる。

 

              総件数  高齢ドライバー 高齢ドライバー 高齢ドライバー 高齢危険率(A/B)
        事故関与割合   事故件数   比率     
                                     A                                           B                       A/B                        
2005年 80,633件 10.5%   8,466件       11.1%                     0.95
2014年 37,184件 20.4%           7,586件          18.0%                    1.13

となる。
(1)警視庁統計実数でも、高齢ドライバーが関与した交通事故は、高齢ドライバー数増加にかかわらず、ここ10年で絶対件数は減少している。
(2)ここ10年で高齢ドライバー比率が大きく増大しているので、事故件数に占める高齢割合Aは当然増大している。
(3)これを考慮した65歳以上の高齢ドライバーの64歳以下の平均に対する危険率A/Bは、2005年は0.95で高齢者の方が64歳以下の平均より安全だったが、2014年では13%ほど高齢者が高い。

ちなみに、年齢別の危険率に直結する自動車保険データ(自動車保険相場NAVIから)では、最も安全な壮年運転者26-59歳の保険料を1.0とすると、
20歳以下  1.65
21-25歳    1.33
26-59歳    1.00
60-64歳    1.14
65歳以上       1.19

ここでも、65歳以上の危険率は、壮年運転者の19%増しであるので、上記の大胆な推測データはそこそこ妥当と考えられる。10年前は、若手の危険率が高い影響で64歳以下平均よりも高齢者は安全だったが、最近は高齢者が増えたので、さすがに64歳以下平均よりは危険になったと考えられる。

高齢ドライバーは、壮年ドライバーよりも1-2割危険だが、運転の粗い若手ドライバーよりは安全である、というのが総論評価になろう。こちらのほうが総論では実感にあっている。

個々の事例では、高齢者は、大幅なスピード超過やあおり運転やぎりぎりの車線変更や無理な追い抜きなどのよく知られた危険行為はほとんどないが、逆走や信号見落としなどの、これまではあまり知られてなかった事例が驚きをもって報道されるので、ニュースとして目立っていると思われる。


次に、なぜ高齢ドライバー危険キャンペーンが時々行われるているかを考えると、当局にとって、現状の環境で最も簡単な交通事故件数減対策が、増加した高齢ドライバーの運転機会を減少させることであるからと、政府レベルの法制整備の観点で、運転不可能なレベルの認知症ドライバーの免許停止実施には、生存のために運転が必要な弱者対策の世論に抗する世論づくりが必要であるからと思われる。実際、後者の法制化が、現在進行中である。

これはこれで理解できるが、メディア側の冷静な補完がほどんどできていないので、将来の社会インフラ整備の議論がされていないのが残念である。

要点をあげると、
・現在の自動車システムは、優れた移動、運搬システムで、人間の生活に不可欠なものとなっている。
・ハンディの方(車椅子の方)も、自動車の手動運転で救われるようになってきた。
・さらに進めて、視力や色認知の不具合なども、救える自動車システムになっていくべきである。
・動体視力レベル、手足の反応レベル、判断スピードなどは、全般に高齢化で衰えるが、一律ではなく個体差もかなり大きい。全運転者の免許更新時に、シミュレーターチェックして、数値化すべき。これが適正な免許返上につながる。
・運転する場面の経験蓄積による周囲の状況変化予測なども重要な要素。シェアエコノミーで必要な時だけ慣れない車を借りて運転する社会では、ドライバーのレベルが次第に下がるのでシステムとしての補完が必要になってくる。


最終的には、完全自動運転の"きんとんうん"システムが目標であろうが、
その前の、半自動運転レベルでも、自動車、自転車、道路、歩道、信号、歩行者、車椅子、低速モビリティ等で、IoTとAIでよりよい自動車社会システムが構築可能なはずである。そのための議論をメディアは世論喚起すべきだろう。社会の生産性が飛躍的にあがる可能性もある。メディアの建設的な活動に期待したい。